いつか口癖が変わる日まで

書く事が夢でありますように

女性15名のポートレート(3/15)

カフェテラスで会うことにした。

何でそうなったのかわからないが、約束事として私達はお互い話しかけず、お互いの姿を確認することだけとした。目が合ったらそれが終了の合図だ。

お店に着いた時、1人で時間を過ごしている女性が3人いた。3人が同時に視界に入りつつ、正面の位置になってすぐに視線が合わないよう座る場所を決める。

席に着き心を落ち着かせるために本に少し目を通す。そしてサイトメールで到着していることを連絡した。するとすぐに返事が来る。

「あなたは小説を読んでいる方ですね?思った通りの人!意外と近くに座られたのでびっくりです。私は奥の席でVネックセーターを着てます」

なるほど、私の視界の右奥に座ってる女性か。しかしこれでは迂闊に視線を右にやれない。なんとなく首を回したり背筋を伸ばしたりして盗み見をする。

私は彼女の脚や肌や髪を盗み見をしている。同時に私は彼女が私の動作や手や息遣いを観察しているのを感じる。微かに見える口許は微笑んでいるように見える。

彼女は見られ慣れている、と感じる。
もっと言うと、見られ慣れているのを意識的にしていて、そんな自分を相手がどう見つめるかをじっと見つめている。

そうか、やっぱり貴女はそういう人だ。たぶん私と一緒だ。見よう見ようとばかりしている。だから私達には「見る対象」「見られる対象」が必要で、必要なのは見ようとばかりする人じゃない。

もしかすると私達はまるでシャムの双生児のように、感覚や感情を共有しながらも、
片方が寝ている時にしかもう片方が起きれないような、お互い一生会うことがないような関係なのかもしれない。


そんな事をぼんやり考えながら週末の昼下がりが過ぎていっている時、ある子供が大声で母親に向かって叫ぶ。


「今日のテレビのロードショー、ジブリ映画なんでしょ!」


耳にその音が入った瞬間、無意識に彼女を見てしまい、その刹那、目が合ってまるでスローモーションのようだった。


私達はお互い宮崎駿チルドレンなのだ。


私達は初めての苦笑いを交わした。
外国映画なら肩をすくめる場面だ。


そして親愛の笑顔を交わし、立ち上がり、お互い軽く会釈を交わし、それぞれの帰る場所に向かって歩いていった。