青仄かな日々
ホテルの窓から夕景を眺めている。
すごく綺麗だと彼女は思って写真を撮る。
インスタ映えする写真にはなった。
でもそこから彼女はじっと画面を見つめ、
文章を考える。
頭の中に色んな言葉が浮かんでくるけど、
どれも決め手に欠けると彼女は思う。
ため息をつき彼女はスクリーンショットにしてあるお気に入りの詩やら文章やらを集めたアルバムを眺めながら呟く。
「いいなぁ。私もこんな風に
書けたらいいのに」
諦めてお気に入りの文章を口ずさむ。
目に見える風景は綺麗だと思う。
でも私が本当に綺麗だと感じるのは言葉の連なりだったり連なりから滲み出す感傷なんだろう。
スマホを見つめる。
お気に入りの文章の作者は数人。
女性も何人かいるけれどどういうわけか男性が多い。
その中でも面識のあるのは三人だけだ。
思えば私はこの三人の紡ぐ世界を
行ったり来たりしてずっと過ごしてきた。
でもそれは間違っていると最近思う。
それはどこか間違っている。
変なお願いだとは思ったけど、
その三人の男友達を呼び出した。
そして今日を最後の夜にして
夜通し彼らと遊ぶと決めていた。
三人と会ったり連絡するのはもちろん、
彼らの世界で夢みるのは今日で最後にしよう。
そして三人の男性にお願いをした。
朝までに「さよなら」を言わず、
私から去っていってほしい、と。
特別な時間には普通の終わりを。
私たちは駅で待ち合わせて、
それから居酒屋に行った。
三人は最初は顔を見合わせて
緊張してるみたいだったけどすぐに打ち解けた。書いている文章が似ていると性格とかも似てくるのかな、なんて思ったりした。
何を話したかよく覚えてないけど、
とにかく楽しかった。
他愛もない会話。
愛の他に何もない会話という意味なんだろか。私たちはよく笑って気がつくとお客さんは私たち以外にはだいぶいなくなっていた。
終電の時間はとうに過ぎていた。
私たち場所を変えようと言ってお店を出て、
カラオケに向かった。
夜の街はネオンとか車のテールランプとか、
月の明かりとか星とか、とにかく光が溢れていて、はしゃぎながら歩いていく私たちの横をどんどんと通り過ぎていった。
お店の前に着いた。
私はすごく楽しくてみんなに抱きつきたいくらいだった。三人の顔を見ようと思って振り返ったら二人しかいなかった。
私は立ちすくんだ。
彼はどこに行ったの?と答えがわかってる質問をして自分が馬鹿みたいに思えた。
他の二人は目を見合わせて困ったように笑っていた。
私はだんだん苦しくなった。
胸が苦しくなった。
誰かに胸を心と気持ちごとむしり取られたようだった。そこにあったものがない痛み。
立っていられなかった。
「あの人の書いたものが好きだったの」
やっと口にできた言葉は白々しかった。
私の感じている「今」の気持ちはこんなものじゃなかった。どうして思ったことが伝えられないんだろうと情けなくなった。
一人の男性は優しく隣に座ってくれて、
頭を撫でてくれた。色んな感情がごちゃまぜになった。えぐり取られた胸から感情が流れ出ないように胸を押さえる。出口をなくした感情は身体中を駆け巡って涙にカタチを変えて溢れ出ようとする。
涙が出た。
「いいヤツだよな」
男性が言ったことに無言で頷く。
もう一人の男性はスマホをいじっていた。
手を器用に動かして文字を打ち込んでいた。
私と目が合う。
彼は近寄ってきてスマホを見せてくれた。
そこには私が一番伝えたかったことが言葉にしてあった。私は「うんうん」と言ってたくさん頷いた。
彼を見たら満面の笑みで笑ってくれて、
私も泣きながら笑った。
となりの彼も笑ってくれた。
カラオケの部屋に入ると、
いつもスマホをいじってる彼がたくさん歌を歌ってくれて嬉しかった。
彼の歌は上手ではなかったけれど曲選びの趣味が自分とはすごく合った。
もう一人の彼はすごく上手だった。
曲を選ぶときはその場の雰囲気をいつも気遣っているのがわかったし私たちが歌ってるときは絶妙な合いの手を入れてくれる。
彼がバラードを歌い出した時に、
となりの彼は私の手を握ってくれた。
歌ってる彼には見えない位置だったけれど、彼は多分感じていたからバラードを歌ったのだと思う。
その証拠に彼は歌い終わった後にトイレに行くと言って、それから戻ってこなかった。
私は最後に残ってくれたのが隣の彼で良かったと思ってる。もしこの後に何かがあるとするのならたぶん彼が良かったんだと思う。
私達は二人になったので、
外に出て少し散歩をすることにした。
もう遠くの空は少し白んでいた。
私達はいつまでも手を繋いで歩いた。
話もたくさんした。
私は少し見上げて見る彼の顔が好きだった。
彼はいつも楽しそうに笑うし、
私の話しを真剣に聞いてくれていた。
歩き続けてホテルの前に戻ってくる。
私が前を歩いていて自動ドアの前に立った時、彼はまたスマホを見ていて何やら打ち込んでいるようだった。
ドアが開き冷房の空気が外に流れでる。
「さむっ」
と言って彼に同意を求めようとして後ろを振り返ると彼の姿はもうなかった。
歩き続けたのと一人になったことで、
急に疲れを感じて眠くなっていった。
目が覚める。
遠くに夕景が見える。
もしかしたら朝陽なのかもしれない。
どちらでもよかった。
私は三人の男性と会ったんだろうか。
それともこれから会うのだろうか。
それももうどちらでもいいことだ。
スマホを起動させ三人の連絡先やこれまでの履歴を探したが何も見つからない。
ただ見知らぬ人から一言だけメッセージが入っていて、それは私の今の気分にとてもふさわしい言葉だった。その言葉は私をとても懐かしくさせた。
「言われなくてもわかってる」
私は笑った。
私は強くなるよ。
ううん、もう誰よりも強いことがわかる。
だから言える。
じゃあね、さようなら。